403の出来事 2-納車2年目の出来事
Marking By CORTINA
納車以来、オイルパンの不良で路上にマーキングしながら走っていたCORTINA、とうとうエンジンの回転が不安定になってきた。ということで、勤務先近くのガソリンスタンドで1リットルと、自宅近くに最近オープンした外車専門のビンテージショップで1リットル、合計2リットルのオイル補給。納車時のレベルまで回復したので、3ケ月は安心?
403復帰予定まであと1ケ月、ガンバレCORTINA ! !
整備士さんの曰く 「お金を流しながら走ってるよ。」
整備士さんに相談したところ、オイルパンのパッキン云々と言う状況ではなく、溶接修理が必要とのこと。
「ながのノスタルジックカーフェスティバル」へ向けて〜403、未だ帰還せず・・・
3月に修理完了、納車予定と連絡を受けていたが、ゴールデンウィーク直前の現在も、帰還せず・・・。今年こそ参加と意気込んだ、「ながのノスタルジックカーフェスティバル」にも、また、行けず。幸いCORTINAでの参加が認められたので、春の信濃路を楽しんできたいと思う。(エンジンオイルと冷却水を忘れずに)
実車のネタは無し。その代わりに、1/18スケールの403を入手したので、取りあえずパチリ。
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| プジョー博物館に展示されているものと同じナンバープレート | さすがはビッグスケール、内装も忠実に再現されている |
オーナー倒れる〜別離の予感
403が戻ってこないまま、楽しく長野行きの準備をしていた4月下旬のとある日の夕方、映画を見終わって伸びをしたところどうも様子がおかしい、全身に力が入らないし、猛烈な頭痛が・・・。日頃から高かった血圧に脳血管が耐えきれなくなったのだった。病名「右被殻出血」救急搬送された病院で即手術をしていただいたいて、一命は取り留めたものの、今は左半身麻痺の後遺症が残っている。会社のご厚意で、休職期間を大幅に伸ばしていただき安心して、リハビリにも専念できて、失業は免れた。発症後1年3ヶ月経った、2007年7月通勤のためにということで自動車運転の練習で、リハビリ訓練センターに入所、練習前に、試験場で適性検査を受けるように言われたが、結局、取り消しにはならなかったがオートマ限定の条件がついた。今回の件をショップの社長に連絡し、作業自体は急がないが、403のAT化をお願いした。はじめはなんとかできそうということで期待していたが、結局はできなかった。゜その代わりに403を下取るので、パワステ、オートマのジャガーmK2はいかが」という魅力的な提案をいただいた。
AT化できなかった403の代わりに薦められた
ジャガーmK2
今回倒れたことで家族は勿論、自分に関わってくれた人のありがたみが、身にしみた。会社には現在も週二日勤務という、変則勤務で、迷惑をかけている。まだ、車椅子は手放せないが、一日も早く完全復帰して、お世話になった方へ元気な姿を見せたいと思う。サイトも気分的に落ち着いてきたのでぼちぼちと更新していきたい。なお現在のCORTINAはというと、オイルは完全に抜けきり四輪すべてパンクして草ヒロならぬ、車庫ヒロ状態になっている。ただ現状で403が戻ってきても乗ることができずCORTINAの二の舞になってしまうので、思い切って国産のAT車に乗り換えるか難しいところである。